失敗を怖がらない組織にするために

「今日の商談、ご契約いただけませんでした……」
「あらら……。なに、それで落ち込んでんの?」
「受注は間違いないと思ってたものですから……」
「ま、そういうこともあるっしょ。さぁ、切り替え、切り替え!」
「でも……」
「ん? ご契約いただけなかった理由、なんとなくでもわかってるんだよね?」
「はぁ、おおよその見当はついてますが……」
「だったらいいよ。そんな(暗い)顔しない! はい、おわり! 次行こう、次!」
「すいませ~ん! ハイボールおかわり~!」

その日は、ご支援先のトップと会食でした。
夕方、そのトップから「今日の会食、ゲスト呼んでいい?」と言われ、即答。
ゲストとは、年次で言えばまだ若手の部類に入る、Aさんとのことでした。

会食が始まって30分ぐらい経ってから、Aさんは現れました。
Aさんは、すでに緊張気味。
というか、トップと僕の顔を見て固まってしまっていました。
「生(ビール)でいい?」というトップの問いかけに、「今日の商談、ご契約いただけませんでした……」とAさんは答えたのでした。

「だって、怒られるに決まってますよ~」
Aさんのハイボールも3杯目。だいぶいい感じになってきました。

「ホントAさん、お店入ってきた時、固まってましたよ」
「だって昼間、社長から“18時頃に××(店の名前)に来て”って突然言われて……」
「“××の件で”とか、社長は用件について何も言わなかったんですか?」
「はい、だからてっきり怒られるもんだとばかり……」
「でも、そう思うってことは、Aさんも心当たりがあったってことでしょ?」
「はい、だから“午前の商談で失注した件だな”と思ったんです……」
「あ~。“もう社長の耳に入ったんだな”と思ったわけだ」
「そう、そうなんです……」

お酒も進み、その場がだいぶ和んでくると、タネ明かしが始まります……。
「こうやって呼ばれるの、Aさんだけじゃないですよ?」
「そうなんですか?」
「そうですよ、いろんな人がちょこちょこ呼ばれます」
「え、でも、周りからはそんなこと聞いたことないですけど……」
「だって、“今日のことは内緒ね”って言ってますから」
「内緒に?」
「あ、でも全然言ってもらっていいんですけど、“社長にこう言われた”って……」
「そうなんだ~。でも、ちょっとホッとしました」
「よかったですね~」
「でも、なんで今日、僕が呼ばれたんですか? 失注の件じゃないんですか?」
「う~ん、そうですね~。そこは社長から……」

「ん? ボク? そうねぇ、だってAさん、“この世の終わり”って顔してたし……」
「え、僕がですか? 社長、いつ見てたんですか」
「え~、だって今日はオフィスに出社してたっしょ」
「あ、そうか……。でも、私、そんな顔してました?」
「うん、してた。だから、呼ばれるのは、そういう顔をしてる人」
「そういう顔……?」
「じゃ、僕からも補足しますね。社長、いいですか?」
(社長、ニコニコしながら無言でうなずく)

「要は凹んでる人、ですかね」
「凹んでる……」
「先輩にメチャクチャ怒られた新人さんとか、失敗が続いて査定が下がってしまった人とか、取引先はお客さんから理不尽なクレームが来ちゃった人とか……」
「確かに、そういうの凹むなぁ……」
「そう、だから、社長が見て“あ、凹んでるなぁ”と思ったら、呼ばれる、と」
「社長、そうなんですか!」
(社長、ニコニコしながら無言でうなずく)

会食は2時間ほどで終わりました。お店を出ると、Aさんは「ごちそうさまでした~!」と元気に駅に向かって歩いて行きました。

「うまく行きましたかね?」
僕が聞くと、
「うまく行ったんじゃないですか?」
と社長も。

「平間さん、いつもスイマセン」
「いやいや、これも僕の役割ですから」
と言いながら、2件目へ。
今日の反省会と称して、また飲みに行くわけです。

僕の支援スタイルには、定型パターンがありません。
おおよそ、完全個別対応でご支援しています。
とはいえ、いくつかの分類に分かれているようにも思います。
そのひとつが、今回のようなパターン。
社長のナンバー2役というか、人事部長役というか。
もっと分かりやすく言えば、寄り添い役と向き合い役。
社長は寄り添い役を、僕は向き合い役を。

社員にとってトップは唯一無二の存在。
憧れであったり、拠りどころであったりもします。
そんなトップが社員に向き合うのって、プレッシャーになることが多いようです。
もちろん、向き合う方がいいよね、という仲間も居ると思います。
創業期に入社したり、オーナー経営者に惚れ込んで入社した仲間であればそう思うかもしれません。
徐々に社員数も増え、感覚的には20人を超えてくると、プレッシャーに感じる社員も出てくるように思います。
そんな時「役割分担しましょうか」と、社長には寄り添い役を担ってもらい、僕が向き合い役を担う、というケースがあるというわけです。

社内に向き合い役に適したナンバー2が居れば、その方に担ってもらうように話し合うことも多々ありますし、そもそもトップとナンバー2が寄り添い役と向き合い役を上手に分担できている理想的な組織もあったりします。

あ、そういえば、先ほどのAさんを交えた会食の中身について何も触れていませんでした。
それでは、少々、タネ明かしを。

会食の中身は、いたってシンプル。
落ち込んでいるAさんには、笑い飛ばして終わり。
ただ、ただただそれだけです。

「あら~、やっちゃったね~」
「ま。そういうこともあるっしょ」
「そんなの、かすり傷みたいなもんだかんね」

そんな感じの言葉を交えつつ、笑い飛ばして終わり。

目標管理とか、予実管理とか、KPIとかを導入している会社にしてみれば、「何言ってんの?」と思われるかもしれません。
もちろんそういうことも大事です。僕も大事だとは(一応)思っています。

Aさんは、普段から自分のやるべきことを理解し、自分の力相応に努力している方でした。
だからこそ余計に凹んでいたのだと思います。
そんな時に“何が原因だったか”とか“どうすれば良かったか”と深刻に寄り添ってはダメでしょう。
Aさんにはプレッシャーになるだけです。追い込んじゃうことになってしまいます。
だからこそ、笑い飛ばして終わり。
必要なのは気持ちの切り替え。
ネガティブな現実が目の前にあったとしても、前向きに受け止めること。
そして、次に向かってポジティブな気持ちにしてあげること。

いくら「気持ちを切り替えろよ」「前向きに受け止めろよ」「ポジティブになれよ」と口で言っても時間がかかるでしょう。そもそも効果がない場合もあります。
だから、笑い飛ばす。
凹んでいるその日のうちに切り替えさせてあげることが、本人にとっても組織にとっても大事。
僕はそう思っています。

寄り添うことは大事。でも深刻に寄り添うことは本人にも組織にも良いことはありません。
僕はそう思っています。

あ、そういえば、先ほどのAさんを交えた会食での中身。
もう1つだけ触れておきますね。
これも、タネ明かしの1つ。

『成功は自信を招き、失敗は成長を招く』

ずいぶん前に読んだ、本か雑誌に書かれていた名言。
(僕はこの言葉を読んで「至極名言」と唸ってしまい、それから多用していまして)
Aさんのように、結果に向かって愚直に努力する人や、まだ社会経験の浅い新人・若手社員によく言う言葉です。

「Aさん、人って成功したいじゃないですか。結果を出したいっていうか」
「そりゃそうですよ。平間さん、何言ってんですか」
「確かに成功すると、結果が出ると嬉しいですよね。自分の自信になるし」
「そうです、自信になります。その時は嬉しいけど、後から自分に自信がついたかな、と思えます」
「だから成功したいし、結果を出したい。なるべく失敗しないようにしたい」
「そりゃそうですよ。平間さん、当たり前のこと言ってますね」
(お酒の席って良いですね。こういう突っ込みが返ってくるので僕もノッてきます)
「そうです。でも、“失敗は成長を招く”って言葉知ってます?」
「なんですかそれ?」
「いや、成功した時って、嬉しいからあんまり振り返らないじゃないですか。“なんで成功したんだろ”って」
「ま、確かに。“結果良ければすべてよし”みたいなところ、ありますから」
「でも今回、Aさん失注して考えたじゃないですか“なんで失注したんだろ”って」
「平間さん、過去形じゃないです。今でも考えてます、真剣に考えてます」
「でしょ? 考える、行動する、その繰り返しって成長につながりません?」
「平間さん、なんだか僕のこと、言いくるめようとしてます?」
「違いますよ。僕はそう思ってるだけ」
「まぁまぁ。Aさん、今回は成長ポイント2ポイントアップって感じか?」
「社長、茶化さないでください!」
「でも、“失敗”って言われるより、“成長ポイント2ポイントアップ”っていう方がよくない?」
「まぁ、それはそうですね……」
「社長、ナイスフォロー」
「平間さん、でしょ? あとで請求書送っとくから」
「いやいや、いつもそれ言いますね……」
(社長、ニコニコしながら無言でうなずく)

今日お伝えしたかったことを、あらためて。
『トップは寄り添い役を ナンバー2は向き合い役を』
『仲間には寄り添うが吉 ただし 深刻に寄り添わぬが吉』
『成功は自信を招き、失敗は成長を招く』

いろいろな考え方があるとは思いますが、こんな考え方も“アリ”と思えば、ぜひ参考にしてみてください。

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