『横文字を多用する組織』の落とし穴

「その青い吹き出しマークをタップするんだよ」
「タップってなぁに?」
「タップはタップなんだけど……。う~んとね、人差し指のお腹をその青い吹き出しマークにくっつけるの」
「こう?」
「そうそう、開いたね……」

思わず唸ってしまっていました。

家族でとあるショッピングセンターに出かけたときのこと。
混まないうちに、とフードコートで早めの昼食を。

僕らの隣のテーブルには3世代とおぼしき家族が座っていました。
おばあちゃんとお母さんと、男の子が二人。
上のお兄ちゃんが、おばあちゃんにスマホの使い方を教えているようでした。
慣れないおばあちゃんに、あれやこれやと使い方を教えているようでした。

「人差し指のお腹をその青い吹き出しマークにくっつけるの」

きっとおばあちゃんにショートメールの送り方をレクチャーしていたんでしょう。
お兄ちゃんも、自分のスマホを見せながら説明しています。

“うまいこと言うなぁ”

思わず唸ってしまいました。

小学校の高学年か、それとも中学生になったばかりか。
見てはいけないのは分かっていますが、お兄ちゃんの顔を凝視してしまっていました。

それにしても、言葉選びのセンスが秀逸。うまい。

ショートメールが立ち上がったようで、おばあちゃんのスマホとお兄ちゃんのスマホとで、メッセージのやり取りが始まっていました……。

そもそも、なんでこんなに喰いついたかというと、以前、ケータイショップでモヤモヤした出来事があったからなんです。

ウチの息子が「スマホが欲しい」と言い出しまして。
家族会議の結果、OKが出まして。
息子と2人で、とあるケータイショップにスマホを買いに行きました。

申し込みも手続きもサクサク進み、端末にもSIMを入れてもらい。
後は店員さんが初期設定をしてくれるということで、息子と二人でしばらく待つことになりました。
息子は“今か今か”と店員さんがいじってるスマホにくぎ付け。
僕は暇を持て余していました。

「だからタップはタップですよ」
ちょっとだけ語気の強まった若い女性の声。
どうも店員さんがお客さんに話しているようでした。
「ん? なに? だからタップってなに?」
気になって目をやると、そこには老夫婦が。
旦那さんがスマホを片手に、店員さんとやり取りをしているようでした。

「タップはこうするんですよ」
店員さんは旦那さんのスマホに手を伸ばし、自らの手でタップしてしまっていました。
「で、このアプリを起動させますよね。そうしたら……」
「そんな、怒らなくてもいいじゃないか。こっちは初心者なんだから……」
「怒っていませんよ。では次に進みますね……」

“明らかに語気強めなんですけど……”
僕は心の中でそうツッコんでいましたが、旦那さんの横で奥様が申し訳なさそうにされていました。

「お待たせしました。初期設定、完了しました」
その声に反応して前を向くと、僕たちを担当してくれている店員さんが、僕らにスマホを差し出してくれていました。
「そのままお持ちになりますか?」
店員さんが息子に声をかけると、息子は返事もせずにスマホを受け取り、“帰ろう”と僕を促し始め……。
息子はスマホを持ち、私はロゴの入った小さな紙袋を持たされ、後ろ髪をひかれながらケータイショップを後にしたのでした……。

自分の中では理解できている言葉でも、相手には理解されない言葉ってたくさんあると思います。
自分が当たり前に使っている言葉でも、相手には伝わらない言葉ってたくさんあると思います。
「タップする」という言葉は一般名詞かもしれませんが、「人差し指のお腹をくっつける」という言葉の方が伝わるかもしれません。
「人差し指のお腹をくっつける」って言うのがカッコ悪いから「タップする」と言うのだとしたら、それって本末転倒だと思います。

使う言葉。
伝わる意味。
これが合致していないと、相互理解は生まれません。

言葉の齟齬、意味の齟齬。

これが起こりやすい最たるものが横文字なんじゃないかと思います。

横文字の多用。
いろいろな業界やいろいろな職種で起こってるような気がします。
横文字の乱発。
そんな会社や組織もあったりするような気がします。

横文字。
例えばモチベーション。
「この仕事、モチベーションが上がんないんだよな~」
と言う人がいますが、僕にはちょっと違和感。

だって、モチベーションは“ある”か“ない”かで、“上がる”とか“下がる”じゃないと思っていまして。
(“テンションが上がる”とか“テンションが下がる”ならまだなんとなくわかりますが……)

“モチベーション=やる気”なんでしょうか?

僕の中では、“動機と目的”という意味かな、と。
仕事って、動機と目的があれば、ガンガン進むものだと思っていまして。

とはいえ、相手に合わせないといけない場面も多々。
「モチベーションは大事ですよね」と発する場面も多々。
僕からは“モチベーション”という言葉はなるべく使わないようにしていますが。

人材系や人事系って、横文字が多用される業界、分野かなと思っています。
キャンディデートとかエンゲージメントとか。
別にディスってるわけではないんですが、この手の横文字を聞かされても、僕には意味が伝わりません。

その昔、靴のことを“ズック”と言ってた時代。
ある時誰かが”スニーカー“と言い出してバカ売れしたとかしないとか。
“スニーカー”を“ウォーキングシューズ”とか“ジョギングシューズ”とか“ランニングシューズ”とか言い出して、またまたバカ売れしたとかしないとか。

既存の商品・サービスや概念を、新たに言い換えるのは、まだ“あり”かと思います。
確かに、ランニングシューズは軽くて走りやすい。
軽量化だけでなく、機能も進化している場合もあります。

でも、何も変わらないのに、言葉だけ変えるってどうなのかな、と思ったりもします。

自分たちだけの共通言語を発しているだけなのか。
言葉で煙に巻いて、何かを企んでいるのか。

伝えたい意味を、伝わる言葉で。

いろいろな考え方があるとは思いますが。

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