「あ、どうも社長、いつもNがお世話になっております!」
同じフロアのYさんは、いつも電話を取るのが早い。
Yさんは、僕らと同時期に入社した中途社員。
新人は電話が鳴ったら競うように取り合うのですが、いつもYさんには負けてました。
これは、僕が新入社員の頃のお話。
競い合うように電話を取る。
時代ですね。
そりゃ1997年の話ですから。
新人の僕たちも会社に慣れるのに必死でしたが、一緒に入った中途のYさんも会社に慣れるのに必死だったようです。
同じ時期に入社した縁もあってか、僕たち新人とYさんは仲良しでした。
そもそもYさんが親しみやすいキャラクターだったからかもしれません。
同じチームの先輩に聞いたら「そんなことも知らないの?」という顔をされそうなことでさえ、Yさんは嫌な顔をせず、優しく教えてくれました。
ある時、僕がずっと気になってたことをYさんに聞いてみました。
「Yさんって、電話に出ると時々、“いつもNがお世話になっております”っていいますよね?」
(ちなみに、NとはYさんの上司です)
「そうだよ。Nさんのお客さんだから」
「Yさんって、電話をしてきたそのお客さんのこと、ご存じなんですか?」
「いや、全然。会ったこともないし」
「え~! そうなんですか~。じゃ、なんで会ったこともないのに“いつもNがお世話に……”っていうんですか?」
「だって、その方がお客さん喜ぶじゃない?」
「喜ぶ、ですか?」
「うん、お客さんからしてみたら“この電話に出た人、自分とNさんが関係あるの知ってるんだ。ってことはウチの会社、この会社ではちょっとは有名なのかな(喜)”って思うじゃない」
「そうなんですか?」
「そうだと思うよ。僕は前職でそうしてたし、実際お客さん喜んでくれてたし」
Yさんの前職は、不動産関係だったそうですが、実際にお客さんが喜んでくれていた。だから転職してきたウチの会社でもやっている、ということでした。
「へぇ~。面白いですね~」
僕が素直に感心していると、
「お客さんが喜ぶだけじゃなくて、私にも良いことありますし」
Yさんは意外なことを口にしました。
「え、そうなんですか?」
僕が前のめりになると、
「この前、Nさんが出社してた時あったでしょ? その時いつもどおり電話に出て“いつもNがお世話になっております”といって取り次いだんだよね。そしたらNさんが電話を切った後に“今電話してきてくれた社長が、次回Yさん連れてきてって言ってるよ“って言ってきたの。それで、一緒に指導に行けたんだよね」
「え~、何ですかそれ~」
「うん、どうもお客さんに気に入られたみたいで……」
「え~いいな~」
僕が羨んでいると、
「平間さんもできるよ。お客さんを喜ばせること」
すると、Yさんがタネ明かしをしてくれました。
「Nさんがどんな会社と付き合っているかは、スケジュールボード見ればわかるでしょ?」
確かに、ウチの会社のフロアには、チームごとに1枚ずつ、ホワイトボードのスケジュールボードが島の近くに置いてありました。
「で、このスケジュールボード、月単位になってるでしょ? その日にどこに出張に行くか、社名で書いてあるわけ。これを常に見てて、電話を取った瞬間に、このボードを見て社名があるか確認する」
確かに、ウチの会社のスケジュールボードには、その日どこにいるか(行くか)を記入する決まりになっていました。どこにいるか(行くか)は地名ではなく社名を記入する決まりになっていました。
「そんな高度なことしてたんですか~」
「高度じゃないよ。誰でもできること」
その日から、僕のフロアの新人たちは電話を取った瞬間に、スケジュールボードを見て「いつも〇〇がお世話になっております」を言うようになりました。
中には良いことがあった新人が何人もいました。
僕も時々良いことがありました。
ただ、相変わらずYさんが圧倒的な速さで電話を取っていました……。
競い合うように電話を取る。
時代ですね。
そりゃ1997年の話ですから。
今では、そもそも固定電話を置いていない会社もあるかと思います。
固定電話があっても、代行会社に委ね、社員が電話を取らない会社もあるかと思います。
スケジュールだって、今ではボードに記入している会社なんてないと思います。
Googleカレンダーもoutlookのスケジュールを共有していれば事足りるわけですから。
固定席って概念もないのかも。今はフリーアドレスが基本ですからね。
古いかもしれないけど、面倒かもしれないけど、名前って有用だと思います。
手間もかかるし“そこまでする?”という意見もありますが、名前を呼ぶって有効かと思います。
いろいろ意見はあると思いますが、私は嬉しいと思うので。
知ってくれてる、知ってもらえてるって、なんだか嬉しいと思うので。
お客さんがその会社を選ぶのって、そういう感情的な部分だと思うので。
(今風に言えば、“エモい”って奴なんですかね)
商品力やサービス力も大事ですが、人間力でお客さんとつながってるっていいかも。
僕はそう思うんですよね。