「辞めたい」社員の引き留め方

「社長。今度、お時間つくっていただけませんか?」

トップなら誰しも、社員からこう声がかかると“ドキッ”とします。
その社員が神妙な面持ちなら、なおさら。

“もしかして、「辞めたい」っていう相談かなぁ~”
いろいろ。あれこれ。
頭の中を不安がよぎります。

それが若手社員ではなく、中堅・エース級の社員から言われようものなら尚更。
利益だけでなく、若手育成など、会社に多大な貢献をしてくれている社員なら尚更。

「で、話って?」
「そろそろ、次のキャリアを考え始めていまして……」
「転職ってこと?」
「それも選択肢のひとつでは、あります」
「選択肢のひとつ?」
「いや、自分のやりたいことができる転職先が見つかればいいな、という感じでして」
「やりたいこと、か……」
「やりたいことっていうか、自分のステージをもう1ランク上げたいっていうか……」
「ウチだと無理、って感じか」
「いや、無理とは思ってないんですが、あんまりイメージがわきません」
「“キャリアを拡げる”って感じか……」
「拡げる? ですか?」
「うん。ウチだとキャリアを積むばっかりだからな。このポジションまで来ちゃうと、ウチの会社の中で仕事の幅を拡げていくのはなかなか難しいよな……」
「まぁ、そうですね……」
「なら、独立しちゃえば?」
「独立、ですか? 無理ですよ、そんな。自分はそんな器じゃないですよ」
「でも、転職するより独立する方が自由だぞ」
「確かに、自由かもしれませんが……」
「なら1年、いやまずはあと半年、ウチに残れ!」
「は? どういうことですか?」
「これから半年、独立を想定しながら自分の仕事に打ち込んでみる」
「独立を想定しながら、ですか?」
「そう、フリーになったと仮定して仕事をしてみると、いろいろなことに気が付くと思うよ」
「はぁ……」
「半年間、フリーを前提とした視座で仕事をして、それから転職するかフリーになるか、あらためて考える」
「はぁ……。わかりました……」

ご支援先での出来事。
彼は結局、半年後に会社を辞めました。
会社を辞めて、独立しました。

とはいえ、今でも会社と彼との関係は良好です。
会社は、彼に業務委託で仕事をお願いしています。
彼も、会社からの発注で一定の受注が見込めています。

組織にとって、中堅・エース級社員の退職は本当に痛いと思います。
利益だけでなく若手育成など、普段から会社に多大な貢献をしてくれている社員の退職は本当に痛いと思います。

日々の細々とした課題や問題はあるでしょうが、マクロに見て事業・売上が順調なのは、頼もしい中堅・エース級社員の存在があるからだと思います。
そんな折に「社長。今度、お時間つくっていただけませんか?」との声。

日々の細々とした課題や問題に気を取られて、頼もしい社員たちとのコミュニケーションが希薄になってしまっていたと気が付くこともあるとは思います。

辞める“相談”ではなく辞める“報告”に来たのかもしれません。

仮に“報告”だったとしても、まずは“引き留める”のがいいと思っています。
何とかして“引き留める”のがいいと思っています。

「そうだよね。せっかくここまで育てたんだから」
そうおっしゃる方もいますが、違います。
「“これからの関係性をつなぐために”、ですよ」
僕はこうお伝えしています。

頼もしい存在の社員が会社を離れることは確かに損失。
でも、考えようによっては、“自社のブランディングになるのでは?”とも思っていまして。
自社にとって頼もしい存在の社員が他社に転職する。
本人にとってハッピーであればいいと思いますが、ひとりのサラリーマンとして組織に埋没してしまうようなことになってしまうのは、本人にとっても“もったいない”ように感じてしまいます。
であれば、独立してその力を広く生かしていける世界に促してあげるのがいいのでは、と思っています。

“独立”と聞くと、飲食業の“暖簾分け”を想像する方も多いかもしれませんが、建築・設計事務所の世界やデザイン関連の組織も、独立を前提として社員を迎え入れることが多い業界です。
5年10年と腕を磨き、経験を積む。トップや代表に認められれば、自分で店やオフィスを構える。
これはある種のブランディングだと、僕は思っています。
有能な人材を独立させる、輩出することが、ブランディングになる、と思っています。

「独立前は、どちらで?(修行されたんですか?)」
「××です」
「ほぉ~。××さんですか~」

もちろんはじめは知名度も何にもないでしょうが、独立したメンバーの店やオフィスが繁盛したり、賞をとったり、メディアで話題になったりすれば、“どこの出身なんだろう?”“××の出身だ”と徐々に関心や知名度が高まっていくはずです。

転職ではなく独立を促すことは、会社にとってだけメリットがある話ではありません。
独立した本人にとっても、ゼロから売上を作り出すのでは容易ではありません。会社から発注があれば、精神的にも経済的にも余裕が出てきますし、その分、新たな顧客の獲得に向けて動き出すこともできます。

繰り返しますが、あくまで“頼もしい社員”の話です。
中堅もしくはエース級。
会社の看板を背負っていけるほどにハードスキルもソフトスキルも頼もしい人材であることが前提です。
古風な言い方をすれば、流儀を体得した人物。『~流』を身に着けた人物でしょうか。
その“会社らしさ”もありますね。

時折、「元××(会社名)出身です」を枕詞のように使う人を見かけます。
知名度が高い会社の名前を出すことで、自分を権威付けされているのかもしれません。

“確かに、元××だけありますね。凄いです”
と、納得できる人も少なくありません。

“ん? ホントですか? なんか違うなぁ”
と、違和感を覚える人も少なくありません。

何に違和感を覚えるかと言うと、“それっぽい気はするけれど……。どうも表面的のような……”という、どうにも言いようのない怪しさを醸し出している感じがあるんです。
“××さん(会社名)が可哀想だなぁ”と思いたくなることも。

この違和感、なかなか伝わらないかもしれませんが、例えば、僕がよく見る“レシピアプリ”にも「インドカレー」と「インド風カレー」という2つの似たような名前のカレーのレシピが載っています。
インド風カレーでいい時は、インド風カレーのレシピを参考にします。本格的なインドカレーがいい時は、インドカレーのレシピを(参考にしたいのですが、ハードルが高くてまだチャレンジできていません)。

ちょっと話が横道に逸れてしまいましたが、ちょっと関連する話で言えば、“半人前”の社員が数多く辞めてしまうことは、長い目で見ても会社のブランドを傷つけてしまうことになります。
ハードスキルの物足りなさはさておき、人としての姿勢、行動、立ち居振る舞いが半人前のままだと、“前の会社で何やってきたんだろう(=前の会社は何を教えていたんだろう)”ということになりかねません。

頼もしい社員は、会社を離れてもつながっておく。
頼もしい社員は、独立を許すぐらいの気持ちを持つ。

「辞めたい」と言ってきても一定期間引き留める。
独立後を踏まえた、鍛えるための一定期間。

いろいろな考え方があると思います。
こういう考え方もあると、ひとつの参考になれば幸いです。

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